Caravan SandWitch
- Steam/Nintendo Switch/PlayStation 5
- 2024年9月12日/2024年9月13日
「馬など邪道、車など悪魔、探索好きなら徒歩だろ」 そんな真の探索好きには素晴らしいナラティブを提供してくれますが、たぶんコアなゲーマーには向いていないと思います。そして残念ながら車の使用は避けられません。それと個人的にはストーリーに少し不満を感じています。 主人公のソージュは、故郷の惑星シガロからのメッセージを受け取った。それは6年以上前に失踪した姉のガランスの宇宙船から送られた遭難信号だった。 ガランスが最後に目撃されたのはシガロ。しかしシガロとの通信は信号妨害装置によって不可能であることが判明する。
オープンワールドを採用した探索型のアドベンチャーですが、いわゆるコレクタソンと呼ばれるゲームプレイに近いです。 ガランスの宇宙船の場所を特定するために信号妨害装置を無力化しなければならないのですが、そのための装備を作成するには部品を集めて回る必要があります。でもどのように進めるかはほぼ自由で、大事な移動手段であるバンを入手してからは好きに動き回れます。ストーリーを進めてもいいし、住人たちの依頼をこなしてもいい。興味に任せて世界を見て回ってもいいです。 様々な場所に赴き、そしてガランスの宇宙船の場所を特定する。その強制されないゲームプレイは、何かとても貴重な体験をしたと思えるだけのナラティブを提供してくれます。
「Yonder: The Cloud Catcher Chronicles」の発売が2017年。メカニクスやシステムの理解を要求せず、攻略という要素をほぼ提供せず、コントローラーの操作の腕前も必要とせず、物語のプロットへの道も強制しない。そんな、ゲームと呼んでいいのかどうかも怪しい Yonder の体験は、それでも確かにビデオゲームでした。 Yonder の少し前、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド(BotW)」はそのフラッグシップとなりましたが、インディーがそれを実現できるのでしょうか。3Dのオープンワールドで、プレイ時間を8~12時間の間に収め、価格を20~30ドルに設定することはできるのでしょうか。 そして2024年。その答えがこのゲームにはあると思います。BotWを分解し、その一部をリファレンスとすることで実現した、Yonder の夢見た体験がそこにあると思います。
ゲームプレイですが、プレイ時間は8~12時間くらいで幅があるはず。長い人だと16~18時間くらいになると思います。私はかなりじっくりとプレイしたので20時間でした。 主人公のソージュのアクションはしっかりと作られていて、段差の昇り降りなどのアクションがとてもスムーズ。多くの場合で意味はないですが、段差さえあればとにかく登れます。そしてソージュのダッシュも移動手段であるバンの加速も無制限。さらには落下時のダメージがない。それらのメカニクスは、アクションが探索の楽しみを邪魔しないことの保証となっています。 ゲームの進め方はほぼプレイヤーの自由で、ストーリーを進めたいなら進めればいいし探索したいなら探索すればいいです。一部で制限されることもありますが、それらはバンで誰かを乗せて移動するというもので、周辺がどのようになっているのかをプレイヤーに見せるという役割も担っています。そんなことはせずにプレイヤーの探索への興味を信じてほしかったとは思いますが、作る側としては不安があったのでしょうか。
真の探索好きは車の使用が必須であることに不満を抱くかもしれません。その気持ちは理解できます。でもバンに乗って出かけよう。気になるところで降りてしまえばいいのだから。 バンの挙動もプレイヤーにストレスを与えないように調整されていて、燃料は必要ないし加速は無制限だし落下しても大丈夫だし、なんなら車体が縦になったりして動けなくなった時には「動かなくなりましたか?」と助けてくれます。 そして重要なところ、たとえばサスペンションの伸び縮みもしっかりと表現されているし、住人の依頼をこなして入手した小物が車体に取り付けられていくのは見ていて楽しいはずです。 また、主要な場所はストーリーとサブクエストをこなせば行くことになるので、そのついでに周辺の細かいところを探索するという感じで進めれば効率がいいと思います。
地形のデザインについては、BotWの影響を受けているように見えます。その大きな特徴として "地形によって視界が遮られている" という点があります。 平野のように地平線が見えるような感じではなく、意外と近くまでしか見通せない。これは、BotWの開発者による CEDEC 2017 での講演によれば、「フィールド三角形の法則」と呼ばれていたそうです。視界が遮られている状況からさらに進んで視界が開けることで、「次はあそこに行こう」という探索の意欲をプレイヤーに維持させることができるらしいです。これによって、探索させられていると気づかれずに探索させることができるとのこと。 ただ、BotWは非常に広い世界だったので、視界が遮られているといっても十分に広かったと思います。しかしこのゲームはそこまで広い世界ではないこともあってか、結構近くで遮られています。そのため、少し閉塞感や圧迫感を与えてしまっているかなと感じました。 このゲームがフィールド三角形の法則をしっかりと実践できているかどうかは評価できていませんが、もし失敗していたとしても、それは次のゲームあるいは他のインディーへの刺激になると私は信じています。 正面の地面の稜線と右手の岩で遮られた景色 進むと景色が開け、その先はまた遮られている
音楽についてはアダプティブ・ミュージックとなっていて、場所によって滑らかに曲やサウンドが変化します。 村の周辺ではアコースティックなサウンドに乗せた透明感のあるボーカルが郷愁を誘い、そして寂れた施設周辺ではスペース・ミュージックを思わせるエレクトロニックなサウンドで不気味さや緊張感を醸し出す。 場所によっては、テンポとビートを維持したままメロディなどが消え、パーカッションのサウンドが変わったのち異なるメロディが乗るという凄いことをしています。他にもバンに乗るとパーカッションが鳴り、降りると消えるということも行っています。 また、どうやらゲームの進行によって探索時の曲が変わる場合があるみたいです。確かゲームの中盤くらいだと思うのですが、やはり透明感のあるボーカルによるハミングのメロディにカウンターとしてオートチューンのボーカルが流れる曲があって、それがとても印象に残っています。その曲は、たとえ寂れていてもシガロはテクノロジーの発達した社会であることを思い出させてくれる素晴らしい曲だったのですが、いつの間にか聞けなくなっていたのが残念でした。 それらの音楽は決して前に出て主張はしませんが、その世界は惑星間を行き来できる高度なテクノロジーを実現していて、そしてシガロは放棄された地域であることをしっかりと表現できていると思います。 虫の音や鳥のさえずりによるサウンドスケープも作り込まれていて、ハエの飛び回っている音は少しムズムズします。また、プレイした時期が夏ということもあって、というか残暑のはずなのですが、油断していると本当のセミの鳴き声と思ってしまいます。そして森ではBGMが消えて環境音をしっかりと聞かせてくれます。 ところどころで見つかるモノラルなラジオをオンにすると、そのフルレンジユニットからは心地よいローファイなサウンドが流れます。その数10個。1分ないくらいの短い曲ですが、見つけてもらえるかも分からないラジオのために10曲用意しています。しかもインダストリアルというかプログレッシブというか、割と攻めた感じの曲もありながら、それでいて、まるでそのアーティストたちの起源はシガロのフォークロアだと思わされるような統一感もあります。 音楽は本当にいい感じなので、設定で効果音を下げて、音楽に集中してみるというのもいいかもしれません。
ストーリーについては不満もあります。 まず、エンディングとそこに向けてのプロットの違和感。サブクエストの中には、40年前の事故についての詳しい経緯を知るという重要なプロットを提供するものがあります。しかし終盤のストーリーでは、まるでソージュがそれを知らない風にも見えます。サブクエストによって生じるプロットとメインクエストによるプロットが衝突してしまっている感じです。 また、このゲームのクライマックスはエンディングとほぼ同じ時期に設定されていますが、これはゆったりした探索型のアドベンチャーと相性が悪いです。真相に近づくストーリーを順番に配置して割と早い時期にプレイヤーに知らせないと、長くて緊張感のない単なるゲームプレイのみの体験からいきなりストーリー主導に変わったかのような違和感を抱かせてしまいます。それこそBotWは再序盤にリンクは何者なのかといったことを明かしてクライマックスとしています。そこから先はすべてエンディングに向けてのストーリーになり、それがどのようなものでどういう順番であったとしても、プレイヤーはその真相を胸に抱きつつ自身のゲームプレイによってストーリーを作り上げることができます。 そして、これが私にとって最も大きな不満ですが、なぜガランスだけがつらい目にあわなければならなかったのか。なぜエンディングだけ妙に厳しいのか。その世界がもし、去る者は去るし拒絶される者は拒絶される、そして死ぬ者は死ぬというハードボイルド風味だったなら、もちろんつらいけれども私はプレイヤーとしてそれを受け入れることができたと思います。しかし、シガロのキャラクターは皆優しくて、セリフも常に綺麗な言葉によって語られます。借金を踏み倒したことさえそれでいいよとスルーしてくれます。そんな優しい世界なら、ご都合主義でも構わないから皆でハッピーに終わってほしかったなと思っています。
Caravan SandWitch。 もしかしたら "for Gen Z" とされ、ときには揶揄されるタイプのゲームかもしれません。だから、ビデオゲームを純粋にゲームとして楽しみたい人には向いていないと思います。 けれども、それこそ宝箱の中身が木の棒10本とかでも気にしないという真の探索好きなら、その心地よいサウンドに身をゆだねる "ゆるい探索" は、きっと幸せな時間となるでしょう。そしてゲーム終盤でその世界を狭く感じたとき、それもまた心地よい寂しさとなるはずです。 話は変わりますが、もしアクションアドベンチャーやオープンワールドのゲームにおいて、全体マップがなかったらどうでしょうか。私は、その世界の広さを感じたままでいられるでしょうか。 改めてそんなことも考えてしまいました。