This War of Mine

  • Steam/GOG
  • 2014年11月14日

戦時を生き抜くことを目的とするサバイバルなシミュレーションです。2016年6月1日に発売されたDLC「The Little Ones」の感想になります。初プレイが The Little Ones を購入した状態の場合は The Little Ones から始めることになります。The Little Ones をクリアすると登場人物を選んでプレイする通常の This War of Mine をプレイできます。 シミュレーションやストラテジーが好きか嫌いかというのがプレイするかしないかの判断基準の1つになると思います。

物資を確保して戦争終結まで生き抜くことが目的です。サバイバル・ストラテジーとも言える感じで、限られた資材と食料の使い方や共同生活している人たちの活用の仕方に頭を悩ませることになります。 昼間はシェルターと呼ばれる家屋内で過ごし、ベッドや暖炉などの生活用品を作ったり食事をしたりします。夜になると探索を行って資材と食料を確保します。そして朝になると次の一日が始まります。これを繰り返して戦争終結を待ちます。

単純な作業なのですが、上手くいきません。 簡単に手に入る場所の物資を取り尽くすと、瓦礫を撤去したり扉をこじ開けたりしないと行けない場所を目指すことになります。しかし、そのための道具を作るには物資が必要なので、物資を得るために物資が必要というジレンマが発生します。 そうならないために、物資の使い方を工夫して効率を考えプレイしていくことになるのですが、夜の間にシェルターへ強盗が押し入り物資を奪われたり怪我をしたりします。 武装するには物資が必要で、物資を得るには道具を作るための物資が必要で、そして物資を得るため夜に探索に出るときには、強盗に対する警戒のため誰かが起きている必要がある。 寝不足、疲労、空腹、寒さ、精神的な苦痛。それらが重なり文字通り動くことすらできなくなります。

道具を作る物資は暖炉の火を維持するのに使われ、食料は調理されることもなく食べられ失っていく。物資を確保に行きたいけど怪我が治らない、病気が治らない、夜の警戒要員がいない。 これは無理だな、とプレイヤーは決意することになります。 「あいつらを殺そう」 あの武装した住人を殺せば物資を確保できるし武器も手に入る。そう決意して、怪我と病気の共同生活者を寝させておいて包帯や薬や食料を確保し戻ると、誰かが死んでいる、誰かがシェルターを去っている。 凄まじい虚しさがプレイヤーに襲いかかります。

やっぱり皆で一緒にクリアしたいよね、と思っていても、一人いなくなると必要な食料が減り、快適に眠れるベッドに空きができることに気付く。 二人で警戒、睡眠、探索を上手く回せばいけるんじゃないか。そう思いながらプレイを続けると突然やってくる戦争終結。生き延びた、クリアしたと理解する。 感じるのは安心と虚しさ。喜びとか達成感とかは感じられない。 そして「あのとき、もっと早く決断していれば」という後悔。

明日を生きるために今日できること。来月とか来年とか老後とかではない、「食料だ、包帯だ、明日も大丈夫だ」という感覚。そして強盗に奪われ「どうして何もかも上手くいかないんだ」という悲しみ。戦争が終わるのを待つしかないという虚しさ。 そういったことを体験できるゲームじゃないかなと思います。

2016年6月1日に発売されたDLC「The Little Ones」は子供が登場します。子供と一緒に生き延びる必要があり、縄跳びなどの遊び道具を作る要素も加わります。 ボール作ってあげたい、ブランコ作ってあげたい、ゆっくり休ませてあげたい、そう思っていても人手が足りず食事を作ってもらったり水を作ってもらったり床で寝てもらったりと、結果としては疲れ果てることになります。 話を聞いてあげたり遊んであげたりと手間もかかりますが、余裕があるときは元気に走り回っている姿を見ることができ、プレイしていると自然と笑顔になることもあります。

ゲームプレイですが、難しいです。10時間ほどでクリアはできると思います。 物資を確保して生き抜くということがゲームプレイの中心なので、その手段を考え続けることになります。わずかな油断によって一つ一つの判断が遅れてしまい、全員が危険な状況になってしまうこともあります。 DLC「The Little Ones」の場合は子供をどうするかという判断も必要になり本当に苦しいです。子供の笑顔を見たい。プレイしているときはそればっかりを考えてました。とりあえず縄跳び作ってあげてブランコはベッドと暖炉を作ったら考えようか、なんて思うのですが、そんな余裕はあるはずもなく、仮に物資に余裕があったとしてもプレイヤーの精神的な余裕がないので「寒いからね、薪を作っておこう……あ、ブランコ……」と単純に忘れてしまうこともあります。でも作る物資に余裕があるということはないかなと思います。

とにかく上手くいきません。暖炉用の薪は明日の分あるし怪我や病気を治すのが先だよねと包帯とかを持ち帰ると、強盗に襲われていて薪が無くなっていたりします。 「危険な場所を探索するときがくるだろうから」と武器作成の資材を取っておいたりもするのですが、子供は空腹で怪我人は悪化していく、そんな状況では物々交換で食料と包帯を手に入れるしかありません。 そんなことを繰り返していくうちに、ゲーム内の人物だけではなくプレイヤー自身も精神的につらくなっていきます。 そして、一緒に住まわせて欲しいと訪ねてきた人が初めから病気で看病しなきゃいけなくて、やっと治ったと思って探索に行かせたら死なせちゃったなんてことをやってしまいました。

1人死なせてしまい、子供を除いた残り2人でやるしかないよねと思っていたら、さらに1人を探索中に重症にさせてしまい残りはお父さん1人。重症のキャラクターはプレイし初めのときに訪ねてきた女性で、寝不足やら空腹やらをギリギリ我慢してもらって一緒に生活していました。お父さん1人で頑張って軽症まで回復したのですが、探索中に強盗が押し入って再び重症、子供も軽症。残りの包帯を女性に使い、さらに頑張ったのですが、やっぱり強盗。女性も子供も危篤に。 「もう無理だな」と思いました。あそこの住人を殺そう、そう思って昼間に物々交換でギリギリ包帯を入手して2人に使い、夜に探索。食料も包帯も確保しました。 翌日、危篤の2人に包帯使って食事させて疲れているお父さんは就寝。しかし翌朝、お父さんと子供は「限界だ」と言ってシェルターを去っていきました。 残された女性1人。「ああ、やっぱり無理だ」と精神的にかなりきていて諦めかけたのですが、お父さんの頑張りのおかげで軽症まで回復していました。とりあえず生きよう、メシ食って包帯巻いて暖炉に薪を入れて寝よう、お父さんが人を殺して手に入れた物資がある。そして強盗が来ないことを願いました。 そうやって3日ほど過ごして終戦、ゲームクリア。

やってもやっても上手くいかない虚しさ、シェルターが女性1人になってしまったときの寂しさ。 女性が生き抜けたのは子供の笑顔が見たいと頑張ったお父さん(=プレイヤー)がいたからだと思うと、なんだか不思議な感覚におちいりました。 このプレイ体験って何なんだろうって思います。達成感とか喜びとかは全くないんですけど、でも、プレイして良かったと思えます。

This War of Mine はメッセージを重視した映像作品的なものではなくて、ゲームとしてしっかり作られていると思います。シミュレーションとかストラテジーな要素がしっかりしているので繰り返しプレイすることも可能です。 できれば、初プレイ時にはクリア条件や攻略情報などは見ずにプレイして、クリア時の安堵感や虚しさとかを体験できればと思います。